コーヒーカップの取っ手と石膏型の話
2020.07.27
7月26日 くもりときどき晴れ
本日のBGM Edwin Starr
今日はマグカップの高台を削って 取っ手をつける作業をやってまして、まあこれはマグカップというよりはコーヒーカップでして、このコーヒーカップは本来であればもっとずっと前に作っていなければならなかったやつなんですけど、色味がですね、どうもずっとしっくり来てなくて、
それでこの間焼いた丼の水色、この色↓なんですけど、この色だったらいけるんじゃあないかと思って再び作っておる次第で、今回で何度目かの挑戦になります。
このコーヒーカップは色だけじゃなくて形もかなり変遷してきたやつでして、取手なんかも最初はこういう↓つまむタイプのやつで進めてたんですけど、どうもねえ、このつまむ式はすげー持ちにくいということで、
何種類か作ったんですけど、やっぱり普通に使うカップの取っ手としては正しくないんじゃないかな ということでボツにして、指を入れる輪っか式に戻りました。
このタイプの取っ手を作るにあたって、量産できるように 石膏型(せっこうがた:粘土を型抜きするのには吸水力のえぐい石膏が使われます)から作る ということにも初めて挑戦しまして、上の取手の石膏型はこんな感じ↓ですね。
庚申窯ではそれまで石膏型を作ったりとかはやってなかったのですが、「石膏型 作り方」で調べて 作ってみたら意外にできるもんで、やらないから実際以上に難しく思い込んでいるだけで、やってみたら意外とできるじゃん ってやつでしたね。
もちろんこんな2枚型だから簡単なだけで、博多人形とかの、複雑な立体を抜くための、5枚とか10枚とかのパーツを組み合わせて作る型になったら、むちゃくちゃ難しくて大変だと思います。それと博多人形の人たちが作ってる石膏型はすごい綺麗ですね。
私の場合はとにかく中身さえ取り出せればいいので、石膏型自体の見てくれはしょぼくてガタガタです。上の↑写真だと、手前のが最初の方に作ったやつで、ばつ印のついている奥のやつは 去年くらいに作ったやつですので、一応少しは綺麗になっておりますけど。まあ新しい方の型が去年と言っている時点で、このコーヒーカップは少なくとも1年以上前から手掛けていたということが わかってしまいますな。
結局つまむ式の取っ手は、バリエーションの一つとしてだったらいいけど、使用感としては心地良くないから諦めて、ほんで次は 普通の輪っか式の取っ手を石膏型で作るというのを手掛けて、そのほうが一つ一つの精度が高いものが作れると思って輪っか式の取っ手の石膏型も何種類か作ったんですけど、
今年になって気づいたのは石膏型で取っ手を作るのは そんなに良くないということでして、ていうのもカップのボディ自体が全て同じにできてないので、取っ手自体の持ちごごちは同じでも、本体と組み合わせた時にちょっとバランスが悪くなったりすることがあって、
それだったら一つ一つ輪っかも手で作って、個体差がある方がボディと組み合わせやすいなってことで今では元に戻って一つ一つ粘土の紐を丸めて作ってますね。
そして石膏型でポンポンやる方が早いと思ってたけど、一本一本取っ手を紐づくりするのと そんなに労力は変わらなくて、そして私の癖なのですが、前作った石膏型をあんまり使う気にならないというね、もう困った癖がですね、あるわけでして、原型作りとか結構綺麗に作るんですけど、あんまり再利用されないので、石膏型を作ってる時間分無駄だということでした。
という遠回りをこんな感じでしつつ、このコーヒーカップは何度目かの制作になっているわけですけど、でもこの取っ手作りがきっかけで石膏型を作ることができるようになって、それは他の制作物に生かされています。
こんなに石膏型があるということは いつからこのコーヒーカップ作ってんだ という事ですけども、石膏型も最初の方はかなり石膏を無駄にしましたし、失敗も多くありました。
一番最近作った石膏型はポロンのやつですけど、このポロンの型を作るときも盛大に失敗しまして、バケツ何杯分かの液状の石膏が工房の床に広がりました。
まあそんな失敗も物作りにおけるタフさを鍛えられますし、作り直したら大体前よりいいのができますからね。失敗した際はユーモアで乗り切りましょう。私の場合はゴリラのダンスっていう崇高なる儀式で大体のことは乗り切れます。
高鶴裕太 コウヅルユウタ
陶芸家
1991年生まれ
2013年横浜国立大学経済学部卒業
上野焼窯元 庚申窯3代目